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農とぐっと近づく時間 育てるマガジン

農と生きる人

まずは自分が農業を楽しむ。さらに発信し続けて地域の活性化にもつなげたい

2024.4.25

農家の後継ぎとして生まれた佐藤さん。東京やアメリカで雑貨やアパレル業を経験したのち帰郷し、約10年前、本格的に農業を始めました。異業種での経験をいかした取り組みを多数行い、農業にあまり関わりのなかった人々と農をつなぐ場を次々と作り出しています。

佐藤 裕貴さん宮城県角田市の農家の生まれ、“お米クリエイター”を名乗り、従来の考え方に縛られない発想で、販売のほか、田んぼでのイベントなども企画する。角田市の農業委員も務め、現在、38haの水田でお米を生産する。

ー佐藤さんは異業種を経験して、農業の道に入られたそうですね。
祖母が亡くなって実家に帰ってきたのが転機でした。当初は農業をするつもりはなかったんです。末っ子長男で生まれましたけど、汚れるのが大嫌いで水たまりを避けて歩くようなおぼっちゃまだったんです(笑)。傷をつくったり、ちょっと引っ掛けちゃったりすると失神しそうなくらいでしたから(笑)。

ーそんな佐藤さんがどうして農家を志すことになったのですか。
戻ってみると、子どものころに通学路で「ゆうきちゃんお茶飲んでいかんかー、お菓子食べていかんかー」と言ってくれていたお母さんたちが農地の管理に困っていたんです。そして「田んぼやってくんないか」「家のまわりの草を刈ってくんないか」と声をかけられるようになりました。そのときに、これまで好きなことをやってきたけれど、まわりの声に応えて仕事をするのも悪くないと思うようになったんです。その後、東日本大震災が起きたのをきっかけに、悩んだ末に農家になることを決めました。覚悟ができて自分の足に根っこがはえたような感じになりましたね。同時に農業を発信していけば、地元が潤うのではと考えるようになりました。

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ーそこで“お米クリエイター”の誕生ですね。“お米クリエイター”ってどんなことをするんですか。
雑貨のノウハウなど経験を活用した発信をしたくて、自分だけの名前が欲しいと“お米クリエイター”と名付けました。特に定義はないですが、ほかの農家がやったことがないことをする、これをプライドとしています。その一つが2合パック。お米の種類を20種類以上作っています。1種類だと「もちもちしているお米はいかがですか?」と提案したとしても「もちもちしているのは食べないんですよ」となると話は終わってしまいます。でも「さっぱりしているササニシキ、和食に合うコシヒカリがあります。どれがお好みですか?」と3種出したら選ばれる可能性があるわけです。雑貨的な発想です。

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ー20種類以上もお米を作っている農家さんは稀ですよね。その他にも田んぼの真ん中などでイベントを開いているそうですね。
震災後に、復興トマトパーティを開きました。トマト体操を考えたり、トマト料理にあう日本酒を提供したりして、作業着姿であぜ道を歩くファッションショーなど、いろんな人に協力してもらいました。ポイントは自分が楽しんで農業をしたいということ。農業は自然に左右されるなど大変な仕事が多いです。その反動のように自分が本当に楽しいと思う空間を演出し、みんなに楽しんでもらう“農空間”を作りたいんです。

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ーさすがお米クリエイター。そのようなイベントはあまり聞いたことがありません。ところで角田市は宇宙航空開発機構JAXAの角田宇宙センターがある宇宙のまちと伺いました。仲間と立ち上げた『夢☆宇宙米プロジェクト』も話題だそうですね。
角田産の種もみを宇宙に打ち上げて、その種もみでお米を生産し、宇宙食を作るプロジェクトです。2019年にアメリカのケネディ宇宙センターから国際宇宙ステーション『きぼう』へ打ち上げられました。角田の田んぼで田植えをして収穫し、『夢☆宇宙米おにぎり』ができあがりました。今後は日本酒を作る予定です。

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ー様々な取り組みにチャレンジされていますね。そんな佐藤さんが作るお米のこだわりが気になります。
選別に力を入れています。乾燥はお米に一番負荷がかからない方法にし、選別時には普通の網目よりも大きな網を使用しているため、粒はりが違います。究極のものを作りたくて選別機械は毎年精度を上げています。有機農業については、最初は家族に「草とりが大変だよ」と言われましたが「やってみる」と始めました。毎日稲の様子を見ることを大切にしてます。ずっと見ていると表情があるように見えてくるんです。元気なさそうだなとか。田んぼと僕が一体化している感じです。その子(稲)の喜ぶ顔がみたくて、草をとって一緒に汗をかくみたいな感覚です。

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ー前職時代の佐藤さんからは想像できないですね。これまでを振り返って印象に残っていることは何ですか。
一番は親や家族の支えですね。正直、最初は農業をなめてまして(笑)。家族からこうしたほうがいい、ああしたほうがいいと正されてたんですけど、完全に覚えられるのに5年はかかりました。本当にそんなすぐに始められるもんじゃないなと思ったぐらいです。スパルタ式で泣かされました(笑)。

ーでも見守ってくれたんですね。
はい。お米の価格が下がることになったときに直販を思いつきました。試算表を作って家族に説明したんですね。すると「やってみろ」と言われて、貯蔵用の冷蔵庫を買ってもらいました。機械を壊したせいで「また何十万(円)と飛んでいく」と言われたりもしましたけど(笑)、最後はどっかで支えてくれています。家族は僕の葛藤も含めて理解してくれていると思います。

ー改めて佐藤さんにとって農業とは何でしょうか。
地域交流の原点みたいな感じでしょうか。自分だけでは成り立たないし、地権者にまかせられて仕事をさせてもらっています。これからはイベントも宇宙米などもなんらかの事業につなげていって、地元に還元していていきたいですね。「ゆうきちゃんがやることだったら間違いないから好きなようにやって」と応援してもらっています。

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ーきっと地域活性にもつながりますね。
地域が衰退する理由は農業が関係している気がしています。ここだけの話、イベントでみんなでご飯を食べるのも、集まって何気ない話をすることが改善のきっかけになるのでは?という思いがあるからなんです。近所の人同士が仲良くなったりとか。でも今までどおり、イベントをやっている僕を見て「あの人は好きなことして楽しんでいる」と理解されるのが、僕としては一番いいんですけどね(笑)。

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【編集後記】
取材当日、お洒落なハット帽にサロペット姿で登場した佐藤さん。お話を伺ったお部屋も佐藤さんがチョイスしたアンティーク雑貨などが並んでいて、こだわりぬいたライフスタイルが垣間見えました。
佐藤さんが主催する『HAPPY GREEN FESTIVAL』。水田の真ん中でバイオリンを聞き、リズムに乗りながら皆で田植えするイベントです。大変だと思われる田植えも楽しい思い出になりますよね。過去の様子は下記リンクからご覧いただけます。
https://www.youtube.com/watch?v=RVhkYYkmXc4
コロナが収束したら参加したいですね。

 

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